股旅記

下町にお寺に温泉、鉄道、御朱印、城めぐり、古い町並み。。。さすらいの記憶。

【江戸三十三観音巡り】 第六番 清水観音堂



清水寺を後にして、次は第三番の大観音に向かう…はずでしたが、それよりも第六番の清水観音堂の方が近くにあるのでそちらへ先に向かうことに。パンフレットには「順番どおり巡るのもよし、近くからお参りされても結構です」とあったので、ありがたくお言葉に甘えることに…













清水観音堂は寛永八年(1631年)の創建。前回の清水寺は「せいすいじ」と読みますが、こちらは「きよみず」と読み、京都の清水寺を模したものだそうです。本尊の千手観音像も京都の清水寺から奉安したものだとか。













清水寺の模倣だけあって、こじんまりとしながらも舞台があります。飛び降りても全くケガをしなさそうな高さです。上の写真は下から眺めた写真。下が舞台の上から撮った写真。しっかし、都心とは思えない緑の濃さですね。桜の時期はこの辺りも酔っ払いであふれることでしょう…







御朱印は観音堂の左脇でもらえます。ちなみに、この清水観音堂を創建した人物は家康の謀臣として名高い天海僧正。同じく上野にある徳川家の菩提寺の寛永寺を創建したのも彼です。

この天海僧正、実は日本史上でも極めて謎の多い人物なのです。出生年や素性もあきらかでなく、家康・秀忠・家光と三代にわたって徳川家に仕え、なんと108歳まで生きたとか…人生50年の時代に、信じられないミラクル爺さんです。あまりに謎が多く、数々の伝説が残っている彼ですが、その中でも面白いのが「天海=明智光秀」説。明智光秀は山崎の戦いで秀吉に敗れた後、敗走中に土民の竹槍で突かれて死んだとされていますが、実は死なずに落ちのび、比叡山でしばらく過ごした後に天海として歴史の舞台に舞い戻った…というものです。「義経=チンギスハン」並みに面白い、ロマンがある伝説ですね。


話がずれましたが、この観音堂は江戸時代の建築様式そのままで重要文化財に指定されているほどのもの。訪れたらじっくりとその雰囲気を味わってみましょう!!
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by hi-paddy | 2005-09-04 15:34 | 江戸三十三観音巡り