股旅記

下町にお寺に温泉、鉄道、御朱印、城めぐり、古い町並み。。。さすらいの記憶。

【古寺探訪】  中尊寺②


今日は中尊寺のハイライト、金色堂などを中心に紹介していきます。


鐘楼を通り過ぎると、広い場所に出ます。その左手にあるのが「讃衡蔵(さんこうぞう)」。

明らかに新しい建物だなぁ…と思って見ていたのですが、それもそのはず。
実は、讃衡蔵は中尊寺の宝物館とのこと。平成12年に建てられたもので、中には仏像・経典・奥州藤原氏の副葬品など、国宝・重要文化財に指定されている貴重な文化財を見学することが出来ます。

ちなみに、この讃衡蔵と金色堂は共通拝観券を購入することで見学できます(800円)。



讃衡蔵を見終わったあとは、いよいよ金色堂へ突入ー!!!!!


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ガイドブックなんかでよく見る金色堂の写真です。私も撮ってみました(笑)
しかし、写真奥にあるお堂は金色堂ではありません。覆堂といって金色堂を風雨から守るための建物。金色堂はこの内部にすっぽり納まってます。



そしてここから先は撮影禁止。残念ながら金色堂の姿を紹介することはできません。
私が金色堂を見たときの率直な感想。





あ、意外と小さい


私の中ではもう少し大きいものだと思っていたのですが、意外と小さく、こじんまりとしていました。しかし、その存在感は抜群。なんていってもキンピカですからね。札幌の時計台を見たときのようなガッカリ感はありませんでした(笑)

特に驚いたのが金色堂内部にある仏像の数々です。日本史の教科書とか資料集には↓のような写真が載っていると思います。

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この写真だけ見るとある程度の大きさがありそうですが、前述の様に、金色堂自体が結構小さい。ということでこの仏像もかなり小さかったです。しかし、その小さな空間に螺鈿、蒔絵など、当時の技術の粋を集めて施したと思われる装飾がびっしりとしてあったのです。金色堂が平安時代の技術の粋を集めてつくられたというのにも納得です。




さて、金色堂を出まして、奥へ進んでいくと重要文化財の「経蔵」が見えてきます。


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こちらが経蔵。なんともシンプルな建物ですが、実はこの経蔵、中尊寺の創建当時は二階建ての建物でした。その後火災で焼けてしまったわけですが、創建当時は荘厳な建物だったと思われます。



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経蔵を過ぎると次に見えてくるのがこの建物。
これは「旧覆堂」です。昔は金色堂がこの中にあったのですが、現在の鉄筋コンクリート覆堂ができたためにお役御免となった建物。「それじゃ、せいぜい近代の建物かな」なんて思っていたら、実はこれ、1288年に鎌倉幕府によって建てられたものだったのです。古い!!

それにしても、なんで奥州藤原氏にとって敵方の鎌倉幕府が中尊寺を保存しようとしたのでしょうか。こんな逸話が残っています↓。



頼朝の死後尼将軍と呼ばれた北条政子のある夜の夢枕に、平泉の寺院の荒廃を嘆いている甲冑を着けた一人の法師が現れた。その翌日政子は早速平泉各寺院の修理を命じた。 正応元年(一二八八年)金色堂を雨露から守る覆堂が建立される。




なんとも不思議な話ですが、こうして平泉の寺院は保存されるに至ったのです。
南北朝時代、兵火により中尊寺をはじめとした平泉の寺院は壊滅的な被害を蒙ったのですが、江戸時代には仙台藩の伊達氏が文化財の保存に尽力するなどして現在に至っています。



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最近では「平泉を世界遺産に」という動きがあるらしいのですが、平安時代の技術の粋を集めて建立された中尊寺、そして鎌倉時代から文化財保存に取り組んできた経緯を考えると、その資格は十分にあるのかなって感じました。写真は平泉への玄関口、東北新幹線の一ノ関駅にある看板です。地元の方々、頑張ってください!!
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by hi-paddy | 2005-05-28 20:12 | 古寺探訪